ヤブ医者に騙されない為にも、「欲しい物を獲得する為の行動そのもの」を価値を見出す必要がある。

欲望を抱いた時に、その欲望を満たしうる権威に出くわすと人間はその権威に好意的になりがち。それが医者が「様付け」され、信奉される理由だろう。無論、収入の高さも関係あるだろうが。

欲しい物をくれる可能性がある人間には媚びてしまう性質があり、その時、「本当に欲しい物をくれる人なのか?」を判断する能力が著しく低下している。欲には目が眩むのである。その結果、偽物に多大なるコストを支払ってしまい、本物を見つけられず願いは叶わないなんて結末になってしまう場合がある。欲しい物を手に入れる為には「最悪の場合、欲しい物が手に入らなくても仕方がない」という態度で臨むことが肝要である。

欲しい物に支配されている限り、欲しい物は手に入らない。自分より上の存在を自分の下に置くってのが無理筋なのは当然だろう。

だから、欲しい物を獲得する為の行動ってのは、基本的に損を覚悟するか、「欲しい物を獲得する為の行動そのもの」を価値を見出す必要がある。諦めの精神を獲得するか、ハンティングの喜びを見つけるか、どっちがいいのかと考えると、最近はハンティングの喜びを見つけた方が良い気がしている。

この世の全てを完全に諦めたのだとしたら、そもそも何も行動する必要がないのだから。でもそれができないから、心と体が動いてしまうのが大半の人間の性である。ならば、「行動してしまうという仕方のない性質」を肯定する考えを獲得した方が得だろう。

ヤブ医者を無闇矢鱈と盲信せず、どんな医者が信頼できるのか?信頼できる医者はどこにいるのか?どうやって探すのか?信頼できる医者にどう自分の症状を上手に伝えるか?

そういう行動を楽しむゲームだと考えた方が、盲信するよりも、諦めるよりも、ずっと前向きである。