ナルシストか事業家か、費やす時間を何に向けるかどうでもいいか。

隙間を何で埋めるのかが重要である。
隙間をゴミで埋めれば、それは汚い部屋ができるだけだ。

だが、隙間をおしゃれな道具で飾り立てたり、生活の役に経つアイテムを配置すれば、人生の質は高まる。

これは部屋の問題だけでなく、時間の問題にも通じる。自分が所有している可処分時間がどの程度かは人によるだろうが、その時間を何にどれだけ使うか、それが重要なのである。

その可処分時間をゴミにしかならないような行為で埋めてしまえば、結果は言うまでもなくゴミとなる。自分自身を鍛え上げる事は自分の勝手なのだから、最適な方法と順序を自分で編みだす必要がある。

自分を一つの作品と考えた時に、必要な色や材料は何か。どの工程からならば実践できるか。自分を俯瞰して観察して、自分という作品を構築していく。そういう意味では天才はアートなのである。

その辺を突き詰めすぎると、世間からはナルシストと呼ばれるかもしれないが、それはそれで一つの魅力である。自分を完成させる人もいれば、事業を完成させる人もいる、という話である。少なくとも出来損ないになる事はなくなる。それは素晴らしいことだ。

何を完成させるにせよ、完成させないにせよ、時間は限りあるし消えていく。無為を楽しむのは結構だが、無為を暗く過ごすと虚無で終わる。

楽しめるのならば何でもいいのだが、どうせ苦しむのならば何かを完成させる形で苦しんだ方が楽しみに近づけると思うのだが。