読まれる記事を書く為に、人はタイトルで嘘をつく。

記事を読ませたいが為に、常識を否定して周囲の注目を集めるという手法はやはりよく使われているようだ。

その為に、タイトルに煽るような文章を入れ、文末でやはり常識には従った方が良いと落とす。嘘は付いていないし、人の約にも立っていないけれど、注目は集まったので金は手に入った。そういうやり口はある。また、過去の根拠の乏しい論文を出すことで、常識を否定したりもする。

記事で飯を食っている人が考えるのは、人の役に立つことではなく、記事で金を稼ぐことである。これは至極当然の事であり、そう考えなかった人は飯が食えずに廃業している。人の役に立つのは手段の一つなのである。

そうなると、読み手は取捨選択しなければならない。釣り記事なのか、有用記事なのか。それを峻別せねばなるまい。でないと誰かの養分になるだけだ。

タイトルや釣り記事に騙されたくないのならば、日頃から勉強して論文を漁って正しさを追求する練習をしてネットニュースから縁を切るしかあるまい。ただ、そんな余暇は現代人にあるまい。だからこその分かりやすい記事、読みやすい分量である。その副作用としての嘘であり釣りである。

忙しい現代人には、多少の毒は覚悟の上で情報を喰らうしかないのか。それとも情報化社会において情報という武器を捨てて生きることを覚悟するのか、その選択を迫られているような気がしてならない。