現在欲しくないものでも、将来必要になるかもしれないから手に入れる、という発想は正しいのだろうか?

現在欲しくないものでも、将来必要になるかもしれないから手に入れる、という発想は正しいのだろうか?

「将来必要になるかもしれないのなら、将来手に入れればいいじゃん」という返しは分かるのだが、現在じゃないと手に入れるのが難しい事柄がある。その場合はどうすれば良いのだろうか?

第一、面倒である。何故やりたくない事をやらなければいけないのだろうか?

第二に、将来必要なかった場合は大損ではないか。

というか、そもそもなんで必要なんだ?周囲がそうしているから?世間体の為?そうじゃないといけない気がするから?そういう下らない理由で、自分が心からそれに納得していないから、欲しくないのである。

現在納得できないものが、将来納得できるのだろうか?全然分からない。不明である。

そんな納得もできなくてよく分からない何かについて獲得する為の努力ができる訳もない。だから、結局やらないのである。だったら、スッパリと諦めてしまえばいいのだが、どっちつかずの精神状態になってしまうのは何故だろうか?

「どっちつかずの精神状態」で居続けることが私の目的なのかもしれない。悩んでいる間は何もしないで済む、という話を昔どこかのブログで読んだことがあるが、確かにそういう場合もあるだろうなぁ、と思う。

まぁ、だからAかBかで悩んでいる原因はCをやりたくないから、という意外な所に隠れているかも知れないって話だ。じゃあCをやりたくない原因ってなんだって考え始めると、もう意味が分からなくなるから、もう考えるのを辞めた方が良いのである。ダメな自分を受け入れて全てを諦めた方が良いのである。

そうして、暇潰し程度に体を鍛えてエネルギー量でも増やしている間に勝手に問題は解決されているかも知れない。

少なくとも、エネルギー消費は続いているのに、問題は何も解決されない状態よりかはマシである。