不思議と調子の悪い日は必ずやってくるのだから、災害と同じように備えておこうという話

不思議と調子の悪い日というのがある。今日がその日だ。

不安が常に付き纏っている。その状態で何か行動を起こすから微妙な結果になる。実際は大して微妙じゃなかったりするのだが、精神状態が不安だから微妙だと感じてしまう。だから落ち込む、落ち込むから余計不安になる。

その不安を解消しようと周りの人間に、意味もなく話しかけたりする。意味もない話なので邪険にされる。邪険にされれば落ち込む、また不安になる。そのループが続く。

体調管理はやっているはずだが、こういう日が来るのは本当に不思議である。そして調子が悪いことに自覚的なのに、さっさと帰ろうとしない。調子が悪い状態でミスを返上しようとする。上手くいくはずがないのに。その行動の流れも含めて調子が悪いのである。

自分の調子を完全にコントロールできればいいのに、と思うし、調子が悪い日は休んで一日家に居られたらいいのに、と思う。

だが、現実問題そうはいく訳がない。絶対に無理だ。なのに、自分では解明できないこと、自分ではどうにもならない周囲の問題で自分の調子が崩れてしまう時がある。

つまりは、どう足掻いても辛い日は発生し得るということである。

その場合に考えるのは、マイナスを最低限で抑える予防策と、マイナスを返上する敗戦処理である。絶対に発生する損失を防ごうとしても余計に酷い目に遭うのが落ちだからである。

じゃあ具体的にどうするのかって話になると、覚悟しておくくらいだろうか。そして、協力し合える仲間を作ることだろうか。

マイナスを受け入れる覚悟があれば、最低限のマイナスで済むし、自分が調子が悪い時でも他人はそうではなかったりする。だから他人が調子が悪い時は自分が助け、自分の調子が悪い時は相手に助けて貰う、という協力関係を構築しておくのは有効だろう。

そういう意味では、超小規模な地震に備えろ、という話なのだろう。

地震は絶対に来るのだから、非常食と逃走ルート、避難場所、家族の連絡先、支援してもらえる機関等など、そういう事を考えておくのは災害に対する基本だ。

その基本を個人レベルでも行っておけば、いざという時にも困らないよね、というのが今回の話なのだろう。