暇になる訓練をすれば、人は自然とやる気が出る

やる気とは空白を満たそうとする心の働きである。

やる気が出ないというのは、体か心に余裕がないが故の状態である。そんな状態で無理をする事も不可能ではないが、それが続けば体が心に歪みが生じる。それは病気だとか鬱だとかとして表出する。

「やる気に満ちた状態で何かを頑張りたい」と思うのであれば、日頃から体と心を適度に鍛えること、十分に休息すること、ちゃんと空白の時間を作ることである。

空白の時間を作るというのは、一般的な事ならば睡眠であるし、蔑ろにされがちなのが「ぼーっとする」という奴である。起きているけれど、ただ何もせず何も考えない状態を維持するということである。

そういう状態を続けると、いずれ耐えられなくなる。暇という状態に耐えられなくなるのである。

その反動として、人はやる気を出して何かを行うのである。

やる気が出ない人の言い分として、「究極的に考えれば、全ての物事はやる意味がないから、、、」という人がいたけれど、それは部分的に正しい。

この世の全ては、究極的には意味はないのである。だからそれは正しい。

ただ、やる意味がないからやらない、というのは間違っている。

多くの人は暇に耐えられないのである。まるで何もない状態に耐えられない。今から何も考えないでみて下さい、と言われても、脳みそは勝手に何かを考えてしまうのである。言ってしまえば、それがやる気の正体である。

だから、やる気を出したいのならば、やってはいけないのである。物事は有限だし、器のサイズには限りがあるし、人は虚無には耐えられない。

何にもやる気を出せずに悩んでいるの人でも、何もやっていない訳ではない。ダラダラとスマホを見たり、悩む事に精を出したりするのである。

「やる気を出して頑張ったと思える行為」以外の全てをやめてしまえば、やる気は出る。