人間の成功は「分相応に欲望を決定できるか」という点が非常に重要である理由

理想は呪いでもある。その理想が叶わない限り、自分自身を否定し続けてしまうからだ。
理想は欲だとも言える。そうあるべき姿こそが理想であり、そうありたいという欲求がそこには隠れているからだ。

欲望は満たされないと苦しい。理想とは程遠い現実を眺めても虚しい。

いつまで経っても叶わない理想ならば、いっそのこと諦めて現実を楽しんだ方が堅実なのだが、世間とかマスコミとかはそれを許そうとしない。努力してくれないと搾取できないからだ。

夢を叶える為には、これを買って、あの講座を受けて、そのような組織に所属して成果を出さなければいけない。だから金を出せ、忠誠を誓え、という論法に持っていきたいのである。

世間だって、夢や希望を捨てた人間は世間体もないし、利用しづらいのである。欲に目が眩むという表現がある通り、欲望に塗れた人間は騙しやすい。欲を抱えた人間は「欲望の達成」をエサにコントロールしやすいのである。

他人は欲望を抱えてほしいし、自分はその欲望を叶える術を持っていたいのである。仮に持っていなくても「この人ならば私の欲望を叶えてくれるんじゃないか?」と思われる存在になりたいのである。それこそが生物としての強さだからだ。

そんなこんなで、他人に依存し過ぎる欲求というのは危ういのである。高すぎる理想は呪いである。

高すぎる理想は長期的に抱え込むと、体内に毒を発生させる。それは自己の日常さえも蝕む毒である。どこかで無理だと諦めて踏ん切りを付けるのも人間の知恵である。

人間の成功は人間のスペックだけに依存する訳ではない。どんな欲望を抱えるかも非常に重要である。それは分相応に欲望を決定できるか、ということである。