人間は外見は大まかに見れば似ているけれど、中身はまるで別の生き物である

同じ人間でも「中身と歩む人生」はまるで違うという話なのだろう。

言葉を交わす事ができて、同じような外見をしているから何か勘違いしてしまうのだろう。人間という種別で一括にされてしまうから分からなくなってしまうのだろう。

そりゃあ、他の動物から人間を見るのであれば、人間なんて皆、同じ生き物に見えるだろう。

だが、観察者は人間なのだ。人間が人間を観察するとなれば、共通する人間的な部分は無視される。そして共通的な人間的な部分が排除された後の人間というのは、当然ながら全然違う。

当たり前に金持ちで秀才で権力を持つ人間がいれば、その真逆と言って差し支えない人間もいる。

同じようなひ弱そうな外見なのに、片方はコミュニケーション能力が高いから、仕事もできて異性にも恵まれて、温かい家庭を築いたりするのに、もう片方はてんでうまくいかなかったりする。外見がショボくても幸せになる人間がいれば、外見が立派でもどん底に落ちる人間もいるのだ。

外見が似ているだけで中身が同じとは限らないのである。

だから、そもそも人間というのは、それぞれが全く違う生き物なのだから、自分が当たり前に持っている物を他人がどんなに頑張っても手に入らなかったりするのも当然なのである。

その逆に自分が欲しくて欲しくてたまらない物を、他人が掃いて捨てるように扱っている場合もある。

でも妬むのは間違っている。大して変わらないと思っているから妬むのである。

亀とライオンくらいの違いがあるのだ、人間には。

人間はおおまかな外見的な特徴だけを観察すれば変わらないが、内面は別の生き物だ。

違う生き物ならば、まるで違う人生を送るのは当然だろう。

上手く行っているならば、自分はライオンに生まれたからこうなのだ、と驕らず考えれば良いし、上手く行っていないのならば自分は亀に生まれたのだから仕方ないと思ってコツコツ努力をすれば良いのである。

まぁ、あまり他人の事なんて考えても仕方ないって話である。