悩みを乗り越えて続けることは、自分の習慣を確定させる儀式なのだろう

悩みそのものに意味がない場合がある。
例えば、習慣が身に付くまでの間は、人は辞めようと無意識的に考えてしまうらしい。

単純にそれは本能的なものであり、変化があれば自然と悩みは発生するのである。

まぁ、悪い習慣を身に付けない為には、そうやって立ち止まる機会を設けることはきっと大切なのだろう。
即座に習慣が身に付いてしまうということは、他者から洗脳されやすいということだから、そんなに良いことばかりではないのだ。

ってことだから、無駄な悩み方をしているなぁ、と思う時でも、これは人間の防衛機能上仕方ないことだと思って諦めるべきなのだ。

そこで再考して正しい習慣だと思うのであれば、しっかり続けるべきである。
そこでまた違った習慣に変更したりすると、また数週間して悩み始めるのだから。

そうやって悩んでは変えて悩んでは変えてを延々と繰り返すと、結局何も身に付かず、悩むだけで終わる悲しい人間になる。

悩みを乗り越えて続けることは、自分の習慣を確定させる儀式なのだろう。

まぁ、そう考えると悩むことも無駄ではない。だが意義を理解しておかないと無駄になる。

問題視すべきは、悩み苦しむことではなく、悩むことで正しい習慣を変化させてしまうことである。