自分の外見がキモくても、その現実を日頃から鏡で直視するべき理由

自分の外見は定期的に確認しておけって話だ。

例え、自分の外見が不快でもだ。キモくてもだ。
それは辛い、辛いけれど現実だ。

その辛い現実を直視しないと、自分の外見がさらにキモいことになるから直視しなくてはいけないのだ。

不快な外見は並大抵の努力では良好にならない。

だが、不快な外見の手入れを怠れば、簡単に不快度は下降する。

もうこの世の底まで辿り着いたと思い違いをしているかもしれないが、甘い。下には下がいる。そして落ちれば落ちる程に落ちやすいのである。

だから自分の姿形は、見たくなくても見るべきだ。

鏡を買うべきだろう。
体を鍛えるべきだろう。
歯は毎日磨くべきだろう。
頭皮の健康にも気を遣うべきだろう。
服装もオシャレを目指すべきだろう。

分かる。そんなことはきっと誰だって分かっている。

だがきっと、遠い昔の私はその事実に疲れ切ってしまったのだろう。

だから、自己を見ないという小さな努力で大きな努力を捨て去ってしまったのだろう。
何年もの歳月を経ることで、それが悪い結果として実を結んだという話なのだろう。

分かっているけどできない、という大変な壁を乗り越える為には、気力体力が必要なのである。

でないと、理屈が正しくても感情が納得しなくなる。

そういう意味では、まずは体を鍛えることから始めるのが良いのだろう。

体を鍛えれば体力が付く。そうすれば自然と他の事へも挑戦できるだろうから。

なんか最終的に筋トレを勧める展開になってしまったけれど、日頃から外見には気を付けましょうということを心から思ったという話である。